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海文堂書店 KAIBUNDO
本の生一本 <第97回>
当書店のお客様であり、稀代の本読み、千鳥足純生(ちどりあしすみお)氏によるオススメ本をご紹介いたします。

『私の銀座』

 「銀座百店」編集部 編
 新潮文庫
 本体 550円


 東京は嫌いな街ではない。どちらかいえば好きな方である。
 東京と言えば古書街を思い浮かべるのは、病も末期的症状である かもしれない。最近こそ行くことが少なくなったが、古書店行脚の ために神田神保町や高田馬場には何度も行ったのは、改めてここに 書くまでもないだろう。
 しかし、東京へは何度も行ったが、銀座にはあまり足を運んだこ とはないのが実情である。
 銀座には数々の名所があるのだろうが、筆者にとっては何といっ ても銀座四丁目にある和光である。しかしそれは、お店のことでは なく、時計台である。小さい頃、家族揃って見ていたNHK紅白歌 合戦の最後の場面で、その時計台でダークダックスが歌ったのを見 た。今になっても、その場面はよく覚えている。その時「そうか、 これが銀座なのか」と幼な心に思ったのであった。今でも銀座に行 く機会があると、和光の時計台を見に行ってしまうから、小さい時 の印象はよほど強烈だったのだろう。 
 初めて銀座に行ったのは就職してからのことだが、それは「イエ ナ洋書店」があったからである。関西にも丸善のような洋書店があ ったが、学術書中心だったので物足りなかった。そんな時に雑誌な どで話題となっていた「イエナ洋書店」に行ったのであった。
 筆者の銀座にまつわる思い出話はこれくらいにしておいて、本の 方に話題を移そう。
 本書はタウン誌「銀座百点」に掲載された、エッセイを収録した ものである。カバー表紙には本書にエッセイが収録されている作家 の名前が印刷されているが、豪華の一言である。書かれている内容 も素晴らしい。どれを読んでも銀座という街の魅力が読者に伝わっ てくる。
 やはり惹かれるのは、昭和三十年代や四十年代の文章である。三 島由紀夫の過激な発言や大江健三郎の日本の未来を予見したような 内容のエッセイがあったりする。また神戸に生まれ、育った者にと っては、淀川長治が書いた中にある「アホくさ」という言葉に、思 わず頷くに違いないのである。
 本書には銀座の街について書かれたものばかりが収められている のではない。横溝正史の書いたものなどは、酒には関係があるが、 銀座については書かれていない。博文館に勤め、「新青年」の編集 長もしていた横溝正史が銀座で飲んだことはないはずなのであるが、 銀座について書いていないのは全く不思議な話である。
 最近に書かれたエッセイには共感するところが少ないのだが、そ れでも現在の自分の心境に一番近いのは、桃井かおりの文章である。 その多分に哀愁がこもった最後の部分に惹かれる自分を感じるので あった。

 私はキョロキョロして、街かどに立って、なにかを眺めながら連れ が来るのを、待っていた。

   銀座が好きな人も、嫌いな人も、ぜひとも読んでいただきたい。 文庫で550円(税別)は安い、安すぎると筆者は思う。

2012年5月1日
千鳥足 純生(ちどりあし すみお)
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